こんにちは。
マネーリテラシー講師の芹沢慎一です。
週末は山歩きに出かけたり、温泉でひと息つくのが私の楽しみですが、不思議なことに、山道や湯けむりの中で、企業経営の場面を思い出すことがあります。
今日は、そんな趣味と実務が交差した、あるコンサル事例をお話ししましょう。
山頂目前で足が止まった製造業
数年前、地方の中小製造業の社長から相談を受けました。
売上は好調、新しい取引先も増え、社員も活気づいている。
しかし社長は開口一番、こう打ち明けました。
「新規の大口取引先ができたんですが、入金がいつも少し遅れるんですよ。まあ、その分、発注量は増えてるので大丈夫だと思います」
はい、この“まあ”は、私の経験上もっとも危険な言葉です。
山登りでいえば、頂上が見えて「あと少しだ」と足を速めた瞬間に、靴紐が緩んでいるようなもの。
本人は気づいていないかもしれませんが、そのままでは山頂にたどり着く前に転びかねません。
与信ラインは“稜線”と同じ
山には、左右が切れ落ちた細い道――稜線があります。
バランスを崩せば一瞬で谷底へ。
企業の与信管理も、似た構造を持っています。
その製造業の数字を見てみると、新規取引先に対して売掛金が急増。
しかも、入金遅延が常態化しつつあり、もし3か月間支払いが滞れば、手元資金が底をつく危険がある状態でした。
稜線の上で、すでに片足が外側に傾いている――そんな光景が頭に浮かびました。
「今」ではなく「全体」で見る
私はその場で、社長にこう問いかけました。
- 売掛金残高はいくらか?(取引先別・月齢別に把握しているか)
- 支払遅延のある取引先は何社か?
- 遅延が3か月を超える案件の合計額は?
- その金額が回収不能になった場合、今の資金で何日耐えられるか?
これらを紙に書き出した瞬間、社長はしばし沈黙。
「思ったより危ない位置にいるんですね」と苦笑いされていました。
現場感覚では“まあ大丈夫”でも、数字は冷徹に現実を映し出します。
温泉での作戦会議
相談の帰り、近くの温泉に立ち寄ることになりました。
湯気の中、肩の力も抜けたタイミングで、私は改善策を提案しました。
- 与信限度額の設定:取引先ごとに上限を設け、超えた分は入金確認後に対応。
- 月次モニタリング:入金傾向の変化があれば即アラート。
- 外部信用調査の活用:新規顧客は契約前に必ず信用度を確認。
温泉の湯は、数字の話を柔らかくする不思議な効果があります。
社長も「これなら現場に負担をかけずにできそうだ」と前向きな表情に。
信用リスクは“クセ”になる
経営者は、一度許した支払い遅延を次も許してしまいがちです。
それが常態化すると、回収が遅れているにもかかわらず新しい受注を出す――いわゆる“未回収債権の回転ドア”状態に陥ります。
私が見てきた倒産事例の中には、売上は右肩上がりでも、回収不能債権の山に押しつぶされた会社が少なくありません。
今回の製造業も、改善策を打たなければ同じ道を歩んでいたでしょう。
山と会社、共通する教訓
山では、頂上だけを見て歩くと足元をすくわれます。
会社経営も、売上や契約数ばかり追いかければ、足元のキャッシュや与信状況を見落とします。
計画の見直しと現状確認、この繰り返しこそが、稜線を安全に歩く唯一の方法です。
改善後、この製造業は資金繰りの安定を取り戻し、現在は新たな海外市場にも挑戦中です。
社長いわく、「あの温泉での話が転機だった」とのこと。
どうやら私のコンサルには、湯治効果もついてくるようです。
では今回はこの辺で。
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未来のキャッシュを守るために、あなたの会社も“稜線チェック”を始めてみませんか。